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最高裁判所第三小法廷 昭和49年(あ)2591号 判決 1976年3月16日

主文

原判決を破棄する。

本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由

検察官の上告趣意のうち、判例違反をいう点は、所論引用の各判例は事案を異にして本件に適切でなく、その余は、単なる法令違反の主張であつて、いずれも適法な上告理由にあたらない。

しかし、所論にかんがみ、職権で調査すると、原判決は、以下に述べるとおり、刑訴法四一一条一号により破棄を免れない。

本件公訴事実のうち、所論の指摘する爆発物取締罰則一条の罪に関する部分(昭和四八年三月一〇日付起訴にかかる公訴事実)は、「被告人は、ほか数名と共謀のうえ、治安を妨げ、かつ、人の身体・財産を害する目的をもつて、昭和四四年一〇月二四日午後七時ころ、東京都新宿区若松町九五番地警視庁第八機動隊・同第九機動隊正門前路上において、煙草ピース空缶にダイナマイトなどを充填し、これに工業用雷管および導火線を結合した手製爆弾一個を右導火線に点火して前記機動隊正門に向けて投てきし、もつて、爆発物を使用した」というものである。

第一審判決は、被告人らが公訴事実どおりの構造をもつ手製爆弾を同記載のとおり投てきしたが爆発しなかつたこと、その爆発しなかつた原因について、本件爆弾は、導火線を雷管に固定させる方法として、導火線の末端部分に接着剤をつけてこれを雷管に差し込み、雷管の底面ないし内壁に接着させようとした結果、接着剤が導火線の末端から約四ミリメートルの部分の黒色火薬にしみ込み、それによつて右部分の黒色火薬が湿りあるいは固化して燃焼しなくなり、導火線の燃焼がこの部分で中断したためであることなどを認定したうえ、本件爆弾は爆発物取締罰則にいう爆発物にあたると判示し、かつ、同罰則一条にいう「使用」の意義につき「爆発物」を爆発すべき状態におくことをいい、現実に爆発することは必要でない」との立場をとりながら、「本件ピースかん爆弾は、前記のとおり、導火線に欠陥があつたため、導火線に点火して投げつけるという方法では爆発しないものであり、その不爆発は、もとより点火の方法が相当でなかつたとか、投げつけ方が悪かつたとかというようなことによるものではなく、いかにうまく点火して投げつけても、また、行為者を変え、時と所とを変えてしても、いわば絶対的に爆発しないものであつたのであるから」、被告人らが「本件ピースかん爆弾を爆発すべき状態においたものとはとうていいえない」と判示して、同罰則一条の爆発物使用罪の成立を否定し、同罰則四条の爆発物使用の共謀罪の規定を適用するにとどめたのである。

これに対し、検察官から控訴の申立があり、第一審判決には爆発物使用罪の成立を否定した点において事実誤認ないし法令の解釈適用の誤りがある旨の主張がされたが、原判決は、本件爆弾の構造、爆発しなかつた原因、被告人らの行動などにつき第一審判決と同一の事実を認定し、爆発物取締罰則一条にいう爆発物の「使用」の意義についても、第一審判決と同様に解する旨を述べたうえ、本件爆弾は同条にいう爆発物にあたると解することができるとしながら、「本件爆弾は、起爆装置の構造に欠陥があつたため、そのままでは導火線に点火して投てきしても、絶対に爆発を起こす危険性のないものであつたのであるから、被告人らが本件爆弾の導火線に点火して投てきした行為は、これを爆発可能の状態においたもの、すなわち使用したものということはできない」として右控訴を棄却したのである。

しかし、本件記録によると、本件爆弾の構造、性質については、原判示のとおり、「導火線の先端に点火すると、その中心にある黒色火薬が徐々に燃焼して末端に及び、その切口から吹き出した炎が、これと接する雷管内の起爆薬及び添装薬を順次爆発させ、それによつて生じる熱及び衝撃によつて爆弾全体が爆発するはずのものであつた」というのであるから、その構造上なんら不合理な点は認められないうえ、使用されたダイナマイト、工業用雷管及び導火線は、いずれも正常な性能を有していたと認められるので、本件爆弾が、導火線に点火すれば燃焼して工業用雷管を爆発させ、これがダイナマイトを起爆させて爆弾全体が爆発すべき基本的構造、性質を有していたことは明らかであるところ、たまたま、導火線を工業用雷管に取り付け固定するのに際して塗布された接着剤が導火線内の黒色火薬にしみ込み、それによつて右部分の黒色火薬が湿りあるいは固化して燃焼しなくなり、導火線の燃焼がこの部分で中断したため爆発しなかつたというのである。そして、福田広作成の昭和四九年一月二九日付鑑定書によれば、導火線を工業用雷管に取り付け固定するのに接着剤を塗布することは通常の方法とはいえないとしても、これを塗布したすべての場合に導火線の燃焼と工業用雷管の爆発が妨げられるものではないことがうかがわれ、更に、記録によると、本件行為当時、被告人は、導火線を工業用雷管に取り付けるに際して接着剤を使用することが燃焼中断、不爆発の原因となるとは全く予想しておらず、かえつて接着剤によつて導火線が雷管に一層強度に固定され、したがつて、導火線に点火すれば確実に爆発する構造、性質を有する爆弾であると信じており、また、一般人においてもそのように信ずるのが当然であると認められる状況にあつたことがうかがえるのである。

ところで、爆発物取締罰則一条にいう爆発物の使用とは、一般的に治安を妨げ、又は犯人以外の人の身体若しくは財産を害するおそれのある状況の下において、爆発物を爆発すべき状態におくことをいい、現実に爆発することを要しないものと解すべきところ(最高裁昭和四一年(あ)第四一五号同四二年二月二三日第一小法廷判決・刑集二一巻一号三一三頁、大審院大正七年(れ)第四九二号同年五月二四日判決・刑録二四輯六一三頁参照)、被告人らの本件行為が、同条の構成要件的行為である爆発物の使用、すなわち「爆発の可能性を有する物件」を「爆発すべき状態におく」ことに該当するかどうかは、単に物理的な爆発可能性の観点のみから判断されるべきではなく、本条の立法趣旨、罪質及び保護法益を考慮しつつ、「使用」についての前記解釈をとり、本件爆弾の構造上、性質上の危険性と導火線に点火して投げつける行為の危険性の両面から、法的な意味において、右構成要件を実現する危険性があつたと評価できるかどうかが判断されなければならない。

これを本件についてみると、前記説示の事実関係を前提とすれば、本件爆弾には原判示のような欠陥はあつたものの、これは基本的構造上のものではなく、単に爆発物の本体に付属する使用上の欠陥にとどまるものであるから、法的評価の面からみれば、導火線に点火して投げつけるという方法により爆発を惹起する高度の危険性を有するものと認められ、したがつて、被告人らが爆発物取締罰則一条所定の目的で、本件爆弾の本来の用法に従い、これを爆発させようとして導火線に点火して、警察官らが立番中の第八・第九機動隊の正門にめがけて投げつけた行為は、結果として爆発しなかつたとしても、爆発物を爆発すべき状態においたものであり、同条にいう「爆発物ヲ使用シタル者」にあたると解すべきである。しかるに、原判決は、本件爆弾の導火線に補修を施さない限り、そのままでは点火して投てきしても物理的な爆発可能の状態におくことができないものであつた点をとらえて、第一審判決が被告人らの本件行為は同条にいう「使用」に該当しないとした判断をたやすく是認しているのである。してみると、原判決は、右の点において判決に影響を及ぼすべき法令の解釈適用を誤つた違法があるもので、これを破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。

なお、原判決の維持する第一判決は、被告人に対し、本件行為の罪と別個の爆発物取締罰則三条の罪とが刑法四五条前段の併合罪の関係にあるものとして、同法四七条本文により懲役三年(四年間猶予)の刑を科したものであるから、本件のみを分離することはできず、原判決を全部破棄することとする。

よつて、刑訴法四一一条一号により原判決を破棄し、同法四一三条本文に従い、本件を原審である東京高等裁判所に差し戻すこととし、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(江里口清雄 天野武一 坂本吉勝 高辻正己 服部高顕)

上告趣意<省略>

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